特別受益と寄与
更新日:2017/08/09
遺産分割の諸問題(1)特別受益と寄与
2015.10.25 弁護士 茂木 佑介 ニュースレター22号掲載

相続に際して遺言が存在しない場合、各相続人が法定相続分(民法900条)に応じて遺産を相続するのが原則です。しかし、各相続人が生前、被相続人から受けた利益の内容や程度(特別受益)、又は、被相続人に対して寄与した内容や程度(寄与分)によっては、相続の段階において相続分が修正される場合があります。
まず、「特別受益」は、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けたり、生前に贈与を受けたりした者がいた場合に、相続に際して、当該不公平を調整する制度です(民法903条)。もっとも、生前に為された贈与が全て「特別受益」と判断されるわけではありません。あくまで当該贈与が「相続財産の前渡し」と評価されるか否かを基準として判断されることになります。なお、被相続人が事前に当該贈与を、相続に際して調整することが不要と考えている場合は、その旨を遺言その他の方法で明らかにしておけば、「特別受益」による修正をする必要が無くなる場合があります(持ち戻し免除の意思表示)。
次に、「寄与分」は、共同相続人の中に、被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をした者がいた場合に、相続に際して、当該寄与度を調整する制度です(民法904条の2)。もっとも、相続人の寄与が全て考慮されるわけではなく、「通常期待される程度を超える貢献」をした場合に限られています。当該相続人が、被相続人に対し、医療費や施設入所費等の金銭等を出資していた場合は「寄与分」に該当すると判断されやすいですが、いわゆる療養介護の場合は、被相続人の状態や、介護の度合いによって大きく異なってきます。
「特別受益」と「寄与分」に関する典型的な事例として、相続人の一人(相続人A)が被相続人の介護を一身に担っている一方で、被相続人から使途不明金が度々流出している(おそらく相続人Aが引き出していると思われる状況)というケースがあります(以下「本事例」といいます)。他方の相続人(相続人B)は、「相続人Aは被相続人より多くの特別受益を既に得ている。」と主張しますが、相続人Aは「使途不明金ではなく、被相続人の療養看護費として使用されたものである。むしろ、自分は長期にわたって被相続人を介護していたのだから『寄与分』を貰えるはずだ。」と主張する場合が度々あります。
もっとも、本事例のような場合、使途不明金の部分が「特別受益」に該当すると評価されることは難しいことが多いです。前述のとおり、「特別受益」はあくまで「贈与」として為されたものである必要がありますが、本事例においては、被相続人が相続人Aに対して財産を「贈与」したわけでは無い可能性が高いからです(あるいは「贈与」したことを立証することが困難なことが多いです)。その為、遺産分割の手続ではなく、上記使途不明金を取り戻す為には、別途不当利得返還請求訴訟等を行う必要があります(その際も、立証の問題は避けられません)。他方、相続人Aの「寄与分」についても、相続人の要介護度が余程高かった等の事情が無い限り、認められない場合が多いです(一般的に要介護度が2以上になると寄与分が認められやすくなる傾向があるようです)。
いずれにしても、遺産分割は法律上の専門的な問題が複雑に絡んできます。何か不明な点があれば、遺産分割案件を多数取り扱っている当事務所にご相談ください。
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さて、今回は番外編です。2014年12月号の家事コラム「遺産分割と遺言」~事前の準備が大切です~の回で、「預貯金等の金銭債権は、遺産分割協議を待つまでもなく、相続開始とともに当然分割され、各相続人に法廷相続分に応じて帰属するとされており(判例)、遺産分割の対象財産とはなりません」と記載させていただいたことを覚えていますか。 全国ニュースや新聞(全国紙)でも取り扱われていた為、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、この度、上述の判例(以下「旧判例」といいます)が最高裁判所において変更されました(最高裁判所平成28年12月19日大法廷決定、以下「新判例」といいます)。 新判例は以下のように述べています。 「遺産分割の仕組みは、被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから、一般的には、遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく、また、遺産分割手続を行う実務上の観点からは、現金のように評価の不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるにあたっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在する」。そして、「預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産である」。このような「各種預貯金債権の内容及び性質をみると、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である」。 そもそも、旧判例による「預貯金が遺産分割の対象とならない」という取り扱いの方が、一般の方には理解し難いところだったのではないでしょうか。多くの方の場合、不動産を除けば預貯金が相続財産の多くを占めることとなり、預貯金を遺産分割の対象としないのであれば、一体何を分割すれば良いのかということになりがちです。通常は、相続人全員が、預貯金を遺産分割の対象とすることに同意の上、相続人間の調整をしていくのですが、稀に同意が得られない場合、預貯金を遺産分割の対象から外し、その余の遺産についてのみ分割協議をしていくこととなります。 特に旧判例では、共同相続人の1人が、被相続人から生前に多額の生前贈与を受け取っていたとしても、同相続人が預貯金を遺産分割の対象とすることに同意しなければ、法定相続分に応じた預貯金を当然に取得することができます。その結果、他の相続人からすると、著しく不公平な状況になるのみならず、同じ被相続人の財産でありながら、預貯金とそれ以外の遺産で取り扱いや手続が異なることとなり、過大な負担を強いられることとなります。 この点、新判例によれば、そのような状況下でも、当然に預貯金が遺産分割の対象となる為、上述の事例でも、場合によっては生前に多額の贈与を受け取っていた相続人は、預貯金を一切受け取れないといった処理も柔軟に取られることとなります。 以上のとおり、新判例は今後の遺産分割実務の進め方を大きく変えていくことになる画期的なものとなっております。遺産分割を有利に進めていく為には、このような変わりゆく判例の情報を常に仕入れ、アップデートしていくことが不可欠です。 預貯金の遺産分割でお悩みの方は、最新の判例事情にも明るい当事務所に一度ご相談ください。
2017.01.25
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遺産分割の諸問題(7)実際の遺産分割協議の進め方②
さて、前回から実際の遺産分割協議の進め方についてお話させていただいております。前回は、裁判所を利用せずに当事者同士、又は弁護士を通じて遺産分割協議を行っていく方法についてお話させていただきました。 一般的に裁判所に申立てをすることは心理的なハードルも高く、出来ることなら裁判所を利用せずに穏便に協議で話をまとめたいと考えられている方が殆どでしょう。もちろん、当事者が少なく、かつ、当事者がいずれも協力的である場合は協議でまとまる可能性も高く、比較的迅速に解決することもあります。 しかし、実際には協議で行う場合は、相続人の人数に関わらず、相続人全員が協議内容に合意し、遺産分割協議書に署名捺印をしなければ解決にいたりません。例えば、20人の相続人の内、19人が同意していたとしても、最後の1人が反対しているような場合は協議がまとまらないことになってしまいます。このような場合は、いたずらに時間が経過することとなり、時にはその間に相続人の誰かが亡くなることで更に相続人が増えていくといった事態も考えられます。 その為、相続人が多い場合や、相続人の一部が非協力的である場合などは、早々に遺産分割調停を申し立てることをお勧めします。遺産分割調停は、他の調停と同様、調停委員を通じて裁判所で行うお話合いです。しかし、お話合いが成立する見込みの無い場合は、それまでに提出された資料等に基づき、裁判所が「審判」という形で最終的な解決方法を提示されます。その為、調停を行ったにもかかわらず、何も決まらなかったという事態は殆ど生じません。多くの遺産分割に関わる問題は、このような遺産分割調停・審判の中で解決されていくことになります。 もっとも、何点か遺産分割調停・審判の中でも解決できない問題があるので注意が必要です。典型的なのは、使途不明金がある場合です。相続人の内の誰かが被相続人が亡くなる前後に預貯金等を引き出していた場合は、「不当利得返還請求訴訟」という形で通常の民事訴訟の中で解決を図らなければなりません。 また、遺言が作成されていた場合は、状況に応じていくつかの訴訟を使い分ける必要があります。認知症等によって意識が不明瞭な際に作られた遺言がある場合は「遺言無効確認訴訟」を、遺言無効を争うことは難しいが遺言で遺留分が侵害されている場合は「遺留分減殺請求訴訟」を提起しなければいけません。その他、遺言で不動産の相続が共有となっている場合は「共有物分割訴訟」という訴訟を提起することになります。 以上のように、当事者間の協議のみによって遺産分割が解決しなかった場合、多種多様な手段を検討し、状況に応じて最も適切な手段を選んでいかなければなりません。その為、非常に高度な専門知識と経験が不可欠となります。 当事務所では常時多数の遺産分割案件を扱っており、多くのノウハウが蓄積されております。当事者間での遺産分割協議に限界を感じられた方は一度当事務所にご相談ください。
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遺産分割の諸問題(6)実際の遺産分割協議の進め方①
さて、これまで複数回にわたり、「遺産分割の諸問題」と題して、遺産分割手続が問題となった際、特に頻繁に問題となる点について理論的な部分を説明させていただきました。しかし、実際に理論的な部分のみでは、いざ遺産分割の問題が発生したとしてもどのように進めて良いのか、どのぐらいの時間を要するのか等については全く分かりません。今回からは、実際の遺産分割手続の進め方について、当職が普段業務に当たっている中で感じていることや、実際の感覚についてお話させていただきます。 まず、相続が開始した際に最初にすべきことは、相続人を確定することです。実際にどなたが協議の当事者となるのかが明らかとならなければ、どなたと協議を進めれば良いかも分かりません。 例えば、親が亡くなり、相続人が子である兄弟のみという場合は比較的簡単に相続人がどなたか定まります。しかし、被相続人が再婚されていた場合や、養子縁組が為されていた場合、子ではなく兄弟姉妹や甥姪が相続人となってくる場合は、相続人が数十名に及ぶことや、行方不明者が多数でてくる場合も珍しくありません。そのような場合は、戸籍や住民票を一つずつ取り寄せながら、いわばパズルのように正確な相続関係図を作り上げていく必要があり、時には相続関係図を完成させるのに数か月程度要する場合もあります。 また、相続人の確定と並行して、分割の対象となる遺産の全体像を確定していく必要があります。もちろん、自分以外の相続人が管理しており、全く見当もつかないという場合もあります。それでも、金融資産については金融機関の取引履歴や保険証券を取り寄せ、不動産については名寄帳(所有不動産の一覧が記載されたもの)を取得し、その上で登記を取得することなどによって少しずつ遺産の全体像を特定していくことになります。遺産に漏れがあると、せっかく苦労して遺産分割協議が成立したとしても、新しい遺産が発覚した際に再び大変な協議を繰り返さなければいけない場合もあるので要注意です。 相続人と遺産の範囲が確定すれば、後はその分割方法について協議を開始していくことになります。当事者間の話合いで協議がまとまるのが一番ですが、当事者同士の場合、どうしても感情的な対立が激しく、協議が思うように進まないこともあります。そのような場合は早い段階で弁護士を介入させることで、冷静に遺産分割を進めていけるような状況を作っていくことが不可欠です。 協議を開始すると、一方が遺産に含まれると思っていたものに対して、他方が遺産には含まれないと反論してくる場合があります。また、既に当コラムでも取り上げた特別受益や寄与分についても各当事者から主張されることになるでしょう。弁護士は、そのような各当事者の様々な主張を一つずつ取り上げながら、時に法的根拠や証拠に基づき、時には感情的な対立を解きほぐしながら譲り合える点を探り、落としどころを見つけ、最終的に遺産分割協議書に全当事者から署名捺印を取り付けていきます。 遺産分割協議は、関係人や協議すべき事項も多く、当事者間での解決が困難になる場合も多いです。遺産分割協議を始めたい方は、遺産分割協議を多数扱っている当事務所にご相談ください。
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遺産分割の諸問題(5)遺留分減殺請求とは
さて、前回は遺言能力と遺言無効確認の訴えについてお話させていただきました。一部の相続人の意に反する遺言が存在する場合、当該遺言の無効を主張していくものです。しかし、実際には、遺言能力の欠如を裏付ける資料を揃えていく必要があり、裁判になった際には必ずしも容易なものではありません。 では、例えば法定相続人であるにもかかわらず、遺言で自分に対する相続財産が定められておらず、また、遺言能力の欠如を裏付ける資料もない場合、全てを諦めなければいけないのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。民法によれば、相続人保護の見地から、「遺留分」という形で、たとえ遺言が存在した場合であっても、一定の持分的利益が認められています。 では、具体的にどなたがどのような割合で「遺留分」を権利として有しているのでしょうか。被相続人の配偶者、子、直系尊属が遺留分権利者であり、基本的には被相続人の財産の2分の1が遺留分割合と定められています(直系尊属のみが相続人である場合は3分の1)(民法1028条1号2号)。他方、被相続人の兄弟姉妹は遺留分権利者ではありません。 例えば、法定相続分が2分の1である配偶者の遺留分が遺言によって侵害されていた場合、同配偶者の遺留分は、相続財産全体の4分の1となります(1/2×1/2=1/4)。 遺留分減殺請求を行うにあたって何よりも気を付けなければいけないのは、同請求の行使期間が制限されていることです。民法には、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈のあったことを「知った時から1年」(民法1042条前段)、又は「相続開始時から10年」(同条後段)で遺留分減殺請求権が消滅すると定められています。 その為、遺言の内容を認識したとき等、当該贈与や遺贈が減殺すべきものであることを知られた際は大至急、何らかの手段を取る必要があります。具体的には、内容証明郵便などで遺留分減殺請求権を正式に行使したり、訴訟を提起したりする必要があります。厳密にはどのような形でも遺留分減殺請求権を行使すれば良いのですが、後々、遺留分減殺請求権を期限内に行使したかどうかで争いにならないようにする為には上記2つの方法がベストです。 遺留分減殺請求の協議または調停・訴訟等の法的手続が始まれば、後は具体的に遺留分をどのような形で支払うのか(不動産等の現物なのか、現金で支払うのか等)について話を詰めていくことになります。この時、被相続人が生前に他の相続人に贈与を行っていた場合は、贈与が為された時期や、贈与が為された際の被相続人の認識によってはこれらも遺留分算定の基礎に加算されていくことになります。他の相続人には繰り返し生前贈与が為されていた挙句、最後に遺言でもご自身の遺留分が侵害されることとなった場合、遺留分が具体的にどの程度になるのかは非常に難しい問題です。 いずれにせよ、遺留分は法律上、本コラムでご紹介できなかった多くの難しい点を含んでいます。のみならず、期間制限がある為、可能な限り早く動き始める必要があります。納得のいかない遺言の存在が明らかとなった際は、一度、当事務所にご相談ください。
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